2017年11月28日
昨日の国会中継を見て思うこと・・・

「愛国心を育てる」
「道徳心を養う」
そして・・・
それに成績(点数化)をつける・・・。
最初にその言葉を聞いたとき、私は・・・・

ん? ちょっとまて・・・
言葉自体は悪いことではないと思います。
国を愛する心、大事にする心ももっともだと思います。
また、道徳心を持つこともとーっても大事だと思います。
このことについて反論することは、私個人の見解として全くございません。
大変すばらしことです。
ただ・・・
点数化する?
これは悪いとか良いとかではなく・・・・
どうやって?
そして・・・誰が?
・・・ということ・・・ですかね・・・
このなんとなく感じる
違和感・・・
そして・・・
危機感・・・
まぁ、この議論は注意してみていきたいと思っています。(私が注意していても政治に反映しませんですが 苦笑)
私は霊感と占術と古の教えを使って皆様の幸せへのお手伝いをさせていただいております。
その中には愛国心に似た心・・・地域に生まれたことへの誇り、ふるさとへの愛着をお伝えしております。
道徳心の育成・・・六徳学 人が想定外の幸を得るための六つの学びをお伝えしております。
この記事を書くにあたり、皆様にお伝えしたかったことを先に書いておきます。
「道徳心は生まれた段階で持っており、成長するにしたがって薄れていく」
薄れていくから、それを忘れないように道徳心とは何かを学ぶ!
・・・私はそう確信しています。
「生まれた段階で人は「愛」をもって生まれてきます。」
上記が私の体感した仮設であり、核心であると思っています。
大前提として・・・赤ちゃんはこの世に「誰かを助けるために」生まれてきます。
それは自身の母親だったり、家族を含むすべての人間だったりします。
リチャード・ドーキンスという遺伝学者の本(利己的な遺伝子)に、「遺伝子は常に自己保存を優先」する・・とあります。
遺伝子は、その主の保存と存続を第一優先つする、か~な~り自己中なヤツだということを伝えているのだと私は読解しています。
しかしそれはとても大事なことであり、それがあったればこそこの地球は長く永続しているわけです。
ただ、自己を保存するには「単体」だけでは永続は出来ず、常に他者のヘルプがあってのこと。
つまり、生まれたときから「他者」のヘルプが必要であるとも書いてあったと記憶しています。
他者とは同種であったり、他の種でもあります。
人間に話を戻します。
赤ちゃん脳神経回路は新鮮で柔軟で活動的ではありますが、それは「点」として存在し、「点」同士は「愛」を含んでいます。
しかしその「点」はつながっておらず、生まれてすぐに経験する温感、触感、光の感覚、空気の感覚に対しては・・・
「お母さんのおなかより寒い・または暑い」という不快となり、羊水の中で安心した環境にいたのが、「乾燥してる、肌に触る布の感覚、他者の手の感覚に不快を感じるでしょう。まぶしい光、鼻から気管、肺に通じる乾いた空気の感覚。
人が生きて行く上で大事な温度や空気や肌の感覚に違和感を感じることでしょう。
しかしそれでも「愛」という感覚が勝ります。
「あっ、足や腕が広げられる開放感~!」
「優しい温かい声が広がってる~!」
そして、親や科学の保護で・・・「う~ん、快適」と・・・。
3歳くらいまでの子どもにはしっかりとした道徳心がすでに存在していると思います。
すこしばかりやんちゃもしますが、その経験を通して他者を感じ、他者の幸を感じ取り、それを経験とします。
「点」だった愛がやがて繋がっていって「線」となり、それがより一層の愛を育てていくのです。
しかし、やがて子供は遺伝子の自己保存を優先し始め、「自分が第一」となっていき、そこに欲望や悔恨が生まれていきます。
子どもは青年となり、青年はやがて成人となる。その段階で生まれた国、地域のしきたりや歴史、ルールを学ぶ。
人は戦いの歴史を持ち、残虐さをそなえつつも「愛」を持つ。他者との愛のある関りが人を幸せにすることを学ぶ。
自己保存は競争を生み出したり、優劣をつけたりします。その段階で平等さを重視せず、占有を欲します。
他者よりも良い生活を、良い地位を、財産を得たいという遺伝子本意の強すぎる占有を抑制するのに必用な要素の一つとして道徳心は必要であり、道徳心は大人になるにつれて減少しがちであると私は感じます。
道徳心を一番持っているのが赤ちゃんであるとしたら、次に持つべき年齢層はズバリ高齢者と位置付けられる方々。
社会存続のための経済的支えは減少していくが(定年・体力の減少・病気などによる就労不可状)、人的支えとして大きな役割を持つと思います。
その先輩たちが、道徳心の減少状況にある青年たち、成人たち、壮年たちを指導し、幸への道を踏み外さないように指導・監督する。
そういう「道徳心育成サイクル」を確立することが出来たとき、はじめて「道徳心」が根付くのだと思っています。
ですので、道徳心、愛国心教育をするのなら、子供たちだけではなく、大人も高齢者も同時参加して学ばなければ、
その「存続」は難しでしょう・・・・
そう私は思いましたのでこの記事を書きました。
支離滅裂、乱文・駄文をお許しください。
今日も一日皆さんにとって良き日でありますようにと祈念しております。
Posted by パパヒガ at 11:57│Comments(0)
│パパの雑記帳