開運の言霊 言葉は魂 魂は言葉

パパヒガ

2014年04月22日 23:12

言葉は魂です。魂は正しいことを望みます。故に、正しい言葉を使うことは、魂を磨くことになるのです。



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私は鑑定中に・・・

あぁ・・・、この言葉は正しいが、この言葉を使うことで魂が迷う・・・と判断した場合、伝えないことがあります。

魂は常に正しいことを望みます。ですので、皆が正しい魂、正しい言葉を使っているのならありのままを伝えます。
でも、皆が正しいなら・・・そもそも悩みや苦しみは生まれないでしょうね・・・・。


少し難しくて分かりにくい。抽象的になってしまったかもしれません。

もっと優しく言うとこうです。


ある親子がいるとします。

親は長い間「ある信心」しているとします。

そして、その「信心」によって親は救われ、苦しみから解放されてきたとします。

しかし、子はその「信心」を良しとしない。逆にそれが災いであると見ている。


さて、私もその「信心」が正しいものではないと判断します。しかし、それを子に伝えたとして結果はどうなるでしょう。


親と子の「争い」が生じることでしょう。


たとえそれが「正しい」としても、そこに生じるのが「争い」であるならば、私はあえて言葉を回避するでしょう・・・。

魂が正しい言葉を欲している・・・それをきちんと「自覚」していればいいと思っています。


全てを伝えることが正しいとは考えていません。それを伝えて「不幸」を生み出すよりはずーっとマシです。

この言霊に耐えられるか?それとも耐えられないか?・・・


過去とは事実です。そこには幸せもあれば不幸せもある。

ですので、それを変えるということはタイムマシンでもない限り不可能です。

未来は字の如く、「未だ 来る」・・・つまり「まだ来ていない」・・・ですよね。

いくらでも軌道修正が出来ます。いくらでも変化可能です。

ある意味、未来とはウソと言ってもいいし、妄想といってもいい。


貴方の未来は「真っ暗闇です」もウソであり、「あなたの未来は最高です」もウソと言えます。


人類は常にその「未来」に対して不安と恐怖を持ってきました。

そこで登場したのが「信心」・・・「宗教」と言えます。

この教えを守ることで幸せになる。この言葉を唱えることで幸せになる。

このことで人々は光を得、生きるための指針を得、死への恐怖を和らげました。

この点において、私は宗教に大賛成でございます。


それと同時に、その教えを守らない、言葉を唱えないと不幸になるという考え方には一部同調できない部分はあります。

しかし、そのことが「ムチ」として働き、軌道修正が加えられるのならこれまた大賛成。


問題は、言霊(言葉)が不和や不幸を招くことを否としています。


さて、言霊を正しく使うというのは、人に伝え広めるということより先に、その言霊を使うことで自らが救われるか否かなのです。


人間はそう強くはありません。私だってそうです。ヘタするとかなり打たれ弱いかもしれません。


しかし、軸をブラさずに頑張ってきた結果。なんとか生きてこれました。

不思議な不思議なご縁に包まれています。

そろそろあの人と会いたいなと思うと、相手から電話がかかってきたりします。

お金が無いな・・・ではなく、〇〇円足りないなと思うと、そのお金(臨時収入」がやってきます。


これだけは不思議です。


ですが、実体験なので報告しときますね。


「軸」とは六徳のことであり、それを実践しようとする気合でもあります。

頭で理解していても、それを日々の生活に落とし込まなければ意味がありません。

習慣として身につけておかないと意味がありません。

ですが、それが習慣化したときから・・・イヤ、生活に落とし込み始めたときからすでに変化は始まってました。



私の思う開運の言霊は全部で六つ!



私はこの言霊たちを「正しい」と判断し、それが間違いであるということの証明がなかなかできません。

この言霊をいくら叩いてみても壊れない。埃も出ないんですね。

なんとか「ぶっ壊してやろう」と挑戦もしましたが完敗。


勘違いしないでほしいのは、これは「呪文」や「経」ではないということです。


人それぞれの状況で変化し、その人その人の現状に沿ったモノであるということだと考えてます。





・・・いやぁ、私としては今回のお話はあまりに抽象的で難しく書いてしまってますね・・・、反省!


要はですね・・・


人を生かすも殺すも 言葉だじょ!


・・・ってことでございます!!!


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