心の病、うつ、ニートさん、不況、自殺数・・・
なんどもなんども書いてますが、もしもユタさんとかノロさんとか、自信もって依頼者さんを導いて、子孫繁栄、永代供養、地域安定を頑張っていたのなら・・・。
どうしてこうまで世の中がおかしくなってきているの?
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確かに、資本主義社会、競争社会、貧富の差、補助金目当ての経済基盤による沖縄の疲弊は否めませんが、それでも「心」は光輝いていて欲しいわけです。
「ユイマール」とか、「いちゃりばちょーでー」とか言いながら、なんで孤独死が増えてるんですか?
なんでうつ病や不登校、統合失調症が増加しているんですか。
心療内科の駐車場はいつも満杯。
昼の街にはうつろな目をした若者たちがチラホラ歩いている。
夜の街でもうつろな目をしたカラス達が歩いている。
「もっとギラギラしたっていいじゃない。もっとガツガツしたっていいじゃない。」
出てくる言葉は、「どうせ先が知れてるし、ココで張り切ったところでずっとこんな生活するわけじゃないし・・・」
「ヘタに動いて失敗したら怖いし・・・。」
「無難が一番ですよ。みんな内心そう思ってますよ。」
「わかっちゃいるんですけどね・・・もう一歩がどうも・・・」
これは大人たちの意見です。
何言ってるの!
そんな想いで生きてるの?
「ウガンブソクだから・・・こうなっているんだハズ・・・」
ウガンブソクの前に努力不足です!
間違えてもいいです。失敗してもいいです。
ユタさんは言います。
「順番間違えたら大変よ」
たしかにそれは同感するところはあります。
ですが、間違えたところで神はバツなんて与えないですよ。「試練です、試練」
人はみんな幸せになるために生まれてきているんです。
神仏ご先祖様は、みなさんに幸せになるように生きて欲しいんです。
運のめぐりが悪いのは、「先祖供養」が足りないからではありませんよ。
供養ってことを「供物」やウガンで考えているようじゃとても足りないですよ。
日々の生き方、考え方が「供養」になることを忘れないでいただきたいです。
琉球時代から現世まで、御当地沖縄は古い歴史がありますよね。
ユタやノロといった方々はそのころからいらっしゃる。
人々を、地域を、島を導いていく方々なんでしょ。
かつての琉球は、「豊かな国」と文献にはありますが、はたしてそれは真実なのか・・・。
私はとても懐疑的です。
おそらく、昔も今もあまり変わっていないかもしれない。
琉球のみに関わらず、むしろ、人類自体がまったく「進化」していないと考えたほうが納得です。
沖縄にはまだスピリチュアルな思考があります。
まだまだ大丈夫。諦めない。
子供たちが、
「うわぁ、大人っていいな!早く大人になりたいな!」
・・・って言ってくれる社会にしなきゃ、絶対に良き未来は訪れないです。
子供たちは「ユタ」の教えを学んで成長しません。
大人の背中を見て育ちます。
ユタを漢字で「世救」と書くそうです。
このブログをご覧のあなた・・・。
あなたがコンビニの前に落ちているゴミを拾ってゴミ箱にすてるだけで、それを見ている人の心に火がつきますよ。
そしてその人もどこかのコンビニ前でおなじことをするかもしれない。そしたら、それをまた誰かが見ていて・・・その誰かの心も火がつく。
スーパーやデパートのエスカレーターで遊んでいた子供を見て「叱った」ことがあります。
エスカレーターを逆走していたんですね。
「お前、ケガしたいんか!ヤメロ」と怒ったことがありました。
子供は何も言わずに逃げていきました。「ごめんなさいは?・・・」
「すいません」とか、「ごめんなさい」という言葉を知らなかったみたいです。ですが、逃げ去ることはしっかり知っていました。
こういう子供にしたのは親だけじゃないですよ。
回りの大人たちも見て、そうして学んだ結果がコレ。
怒られた逃げる。
大人同士も、お互いの利権争奪戦。 見ていられない。
そろそろマジで考えて、本気で行動しなければマズイですよ・・・。