位牌継承・・・そこにある課題とトラブル・・・ほんで、六徳講座おしらせ

パパヒガ

2014年10月26日 02:29

沖縄市六徳「中級」講座、決定です。


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場所
UCHI CAFE 「 ひと休み」

沖縄県沖縄市高原1-5-31
TEL:930-6566

時間:午前10時~12時まで

費用はお一人様5000円。(ワンドリンク込み)※ 出世払いOKです。

〇 準備するもの・・・「マクラ」「タオル」

中級は、六徳の⑥、②、そして⑤を強化するものです。

初級のおさらいもやりますね。

参加される方は、六徳の初級を受けられた方か、私から直接六徳の話しを聞いた方に限定させてください。
ご協力よろしくお願いします。


後日、スグに沖縄市・那覇市での六徳初級講座開催します。
よろしく御理解のほどお願い申し上げます。

限定10名様・・・残り4席。





さて・・・。


位牌継承問題。


めっちゃ触れてはいけない問題。アンタッチャブル! 


今回の記事・・・きっと反対意見(ユタさん系列から)が多いでしょうね。


恐々書きます。


沖縄の位牌(トートーメー)の歴史から考えて見ましょう。

古琉球時代。そこには位牌は・・・・ありませんでした。


位牌が入ってきたのは、中国が「唐」と呼ばれていた時代に琉球に入ってきました。


しかし、今のように誰ガも彼がも持っていたわけではなく、士族(武士階級)に最初に伝わりました。

これは、琉球王府が武士階級に広めた・・・もっと強く言うと、強制的に設置させたのでしょう。

つまり、当時は文化というよりも「制度」として入ってきたのですね。

なんで武士に広まったのか。

それは「系譜」による武士血族の正統性・・・いわゆる「血統書付き」の家系を証明するためのものだったわけですね。(これを現代ではシジタダシとも言います)

やがてそれは一般民衆にも広がり始め、現代のように誰もが位牌を持つという形に落ち着きました。


当時、位牌継承は・・・必ずしも長男・・・ではなかったようです。

ネットで検索しても出ませんが、図書館などのアナログの資料には、様々な相続法があったことを示唆する文献が出てきます。

「親わずらい」「子わずらい」・・・親や子供の位牌継承における心配(わずらい)を無くす為にどうしたか。


なんと、親が位牌継承者を指名するというもの。

つまり、長男(嫡男)だけではなく、親が継承者を指名することもあるのです。


さらにまた分権を紐解くと、「末子相続」なども出てきます。

これは、その家の最後に生まれた子供に、位牌を継承するというものです。

これは「風習」として文献に残っていました。


長男相続の規範は、もともとなかったといっても過言ではないのです。



「チャッチウシクミ」・・・長男が位牌を継がなければいけない。違反すると子孫にたたりが現れる

「チョーデーカサバイ」・・・同じいはに兄弟姉妹が入ってはならない。違反すると子孫にたたりが現れる。

「イナグゥグヮンス」・・・女性が筆頭になる位牌を作ってはいけない。持ってもいけない。違反すると・・・。

「タチーマジクイ」・・・他家の地が位牌継承者になってはいけない。違反すると・・・。


これは位牌継承の4つのタブーと言われているものです。

でもねこれ・・・ただ単に、

結婚せよ、子供産め、離婚するな

・・・ってことを守ることにもなります。

このどれかに違反すると、たちまち4つのタブーのいずれか、もしくは全てに該当し、「先祖のたたり」なるものが出てくるのである・・・と、まことしやかに伝え続けられているのです。

まったくもってナンセンスです。


先祖は、子孫に悪さしません!


逆です!

「頑張れ」と、応援しかしませんよ。



位牌継承問題。それによって一家が離散した話しも聞きました。

まったくもって「本末転倒」です。



位牌というものは、琉球に昔からあるもではないです。

前述したように、中国の「唐」から入ってきたものです。


また、水子供養についても「?」と思わせるものがあります。


現在、水子供養と言えば、首里のだるま寺などがありますよね。手厚く供養してあげるための供養塔が祀られています。


でもね・・・昔はどうやっていたか・・・。


とある文献に、衝撃的なことが書いてありましたことを今でも覚えています。



流産(自然、人工を問わず)した赤子は、村の共同墓地に埋葬されればいい方で、地方によっては海沿いのアダンの林に捨てられたり、海に流したり、四辻に埋めたりと、散々な扱いを受けています。

当時は、死産した子は「悪運」と忌み嫌われ、手厚くどころか、かなりないがしろにされていたようです。

今とは大違いですよね。

死者を重要視し、生者を次にするという意味の「教訓」めいた言葉があります。


行き倒れになりそうな者がいたら、家の中にて息を引き取らせなさい。

妊婦が産気づいてしまっても、他人の家で生ませてはいけない。(他者の家で出産させると、その家の幸運を、赤子が全て吸い取ってしまうから)



なんかおかしいですよね。


私たちは今一度、自分の目と耳と、頭をフルに回転させ、理不尽に対し、凛とした態度で接しなければいけない時期に来ていると思います。













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